楽譜とFolkemusikk vol.2 「楽譜には何も書かれていない」のか?

さて、vol.1で「楽譜にはほとんど何も書かれていない」と称されることについて書きましたが、では何故そう言われるのでしょうか? そもそもハーディングフェーレの音楽は口承伝統です。古い演奏家たちは楽譜を介すること無く曲を伝えてきました。当然、伝え間違いがあり、現在に残されている豊かなバリエーションやヴァリアントは、その結果だとも言われるほどです。とある音楽家は、「ハーディングフェーレの曲はもともと3曲くらいしかなかった」とすら言います。間違いもあれば、忘れ去られることも多かったことでしょう。 民謡収集の始まったのは19世紀半ばごろのことです。当時のハーディングフェーレの奏者たちの大半は楽譜は読みませんでした。民謡収集に乗り出した人の多くは都会に住む音楽家たちです。初期になされた楽譜集は当然、ハーディングフェーレの語法を知る人がしたものではありませんでした。最初期の楽譜集として知られる、L.M.リンデマンの「新旧ノルウェーの山の旋律」には歌に加えて恐らく器楽曲も収集されただろうと指摘されますが、インフォーマントに関する情報が残っておらず、誰がどんな風に弾いていたのかはおぼろげにしかわかりません。ハーディングフェーレの曲が最初に楽譜になったのは1960年頃と言われていますが、ハーディングフェーレの語法を知る音楽家による採譜は20世紀になるまでなされませんでした。音楽学者が収集旅行に出かけるようになった20世紀初頭ですら、情報提供者たちはある種不審の眼差しを学者たちに向けていたことでしょう。「最近、街から〇✖️△が来て、曲を弾いてくれって頼まれたさ。だけどよー、しめしめ、一番大事な曲は弾いてやらなかったぜ。」収集家たちも初期の頃は音楽語法の理解に誤差があり、必ずしも正しく記譜ができていないことも、奏者たちの不満に繋がります。 ハーディングフェーレの楽譜を使えるようになるには、まず音楽語法を知らなければならないと言われます。ハーディングフェーレの音楽には、地域によってアシンメトリーの3拍子を用いますが、現在でもこのリズムは楽譜には記載されません。奏者たちはどの地方の曲なのかという情報を元に、正しいリズムを使って演奏します。また、多くの場合奏者はバリエーション(細部の装飾や節回し、構造的バリエーション)を用いて曲を演奏していきますが、楽譜には1つの例しか示されていないことが殆どです。加えて、ハーディングフェーレの楽譜は5線譜に似てはいますが、音高の表記について特別な決まりがあり、そのルールを知らなければ読むことができません。ハーディングフェーレの楽譜は完全では無く、それを必死で追いかけても正しくはならないことも多いのです。 時代が下って、広く譜面を読む習慣が一般に広まっている現代に置いても、民族音楽家たちは普段、楽譜を使うということは殆どしません。古くから楽譜を介すること無くやり取りをしてきた文化があまりにも強いのです。私自身、ハーディングフェーレの曲を楽譜で見始めた頃は、とんでもない違和感に襲われたことをよく覚えています。楽譜はFolkemusikkをする上である意味「異文化」であり、そこに音楽を感じることができない人が大勢いるのも事実のようです。Vol.1のAnne HytteのLeiv Solbergによるインタビューは実は「この(今回あなたが曲を見つけてきた)ハーディングフェーレヴァルケって、現在の若者にはすこぶる人気がなくて殆ど誰も使っていないんですよね」で始まります。民族音楽の教育機関では、ハーディングフェーレヴァルケなどの楽譜資料を積極的に学生に使うように指導をしますが、一般的に楽譜から曲を学ぶことはある程度の経験を積んだ上級者がすることと考えられています。  

山本能楽堂 静寂の音コンサート

  昨日、山本能楽堂にお越しくださった方々どうも有難うございました。能舞台という特別な空間で、ハーディングフェーレとヨイクという組み合わせで音楽をお楽しみいただきました。 https://www.youtube.com/watch?v=10S2TxZdwRU 昨日のメインアーティスト、マリヤとフローデはノルウェーをはじめとする北欧の少数民族、サーミ族の中でも、南サーミという民族グループの音楽文化を強く継承するアーティストです。ノルウェーは世界の中でもそれほど人口の多くない、いわゆる小国と語られることも多いのですが、その中でもマイノリティーに当たる文化を力強く現代社会に訴えます。多くの少数民族と同じく、歴史的に、サーミの文化は社会に認められない時代を経験しています。マリヤは若い世代として、自分たちの民族文化を社会に隠すものではなく堂々とアピールしていくべきだという強い意思を持っていました。舞台裏で、そんな思いを熱く語ってくれ、さらに、「ハーディングフェーレも同じでしょ!」と激励してくれたのでした。 お二人とも日本が大好きな様子。私もまた次回の公演を期待します! 以下は今回の日程です。お近くの方、是非お出かけください! 鳥取イベント 日にち2018年12月1日(日)時間14:00 - 14:30出演マリヤ・モッテンソン(ヨイク) フローデ・フェルハイム(ヨイク/シンセサイザー)会場鳥取砂丘 砂の美術館 鳥取市福部町湯山2083-17お問合せ砂の美術館 TEL:0857-20-2231 島根公演 日にち2018年12月2日(日)時間Open 14:30 / Start 15:00会場安来市総合文化ホール アルテピア 島根県安来市飯島町70 TEL:0854-21-0101出演マリヤ・モッテンソン (ヨイク) フローデ・フェルハイム (ヨイク/ピアノ/キーボード)料金全席自由 【一般】前売 2,500円 / 当日 3,000円 【学生】前売 1,500円 / 当日 2,500円 ※シリーズ 通し券ありチケット安来市総合文化ホール アルテピア TEL : 0854-21-0101詳細HPhttp://www.artepia.jp/haganemusic.html 三重(津) Day time公演 日にち2018年12月5日(水)時間11:30 - 12:30出演マリヤ・モッテンソン(ヨイク) フローデ・フェルハイム(ヨイク/シンセサイザー)会場三重県文化会館 三重県津市一身田上津部田1234詳細公演詳細はコチラお問合せ三重県文化会館 TEL:059-233-1122 三重(松阪) Day time公演 日にち2018年12月6日(木)時間11:30 - …

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静寂の音 コンサートのお知らせ

ノルウェーの生活の中で、最も印象的だったのは、静寂の音だったかもしれません。私は、大都会の真ん中とまではいきませんが、大阪の郊外で生まれ育ちました。人々の行き交う音、大きなBGMの交錯する商店街とはすぐ近くという環境にあまりにも慣れていました。 私はノルウェーはテレマルクのラウランドというところで民俗音楽を学びました。今でこそ、冬になるとスキー場目がけてオスロなどの街から観光客がやってくるリゾート地として賑わっていますが、当時はまだそれほど人も多くなく、夕方4時になると真っ暗になる中、外灯のない道を懐中電灯翳して学校から家へ帰ったのをよく覚えています。スキーリゾートらしく、冬はよく雪が積もるので、雪が音を吸うせいか、独特の音世界になります。ああ、静かっていうのはこういうことなんだと実感したものです。 そういった音世界がノルウェーにはあちこちにあります。そして好まれる音楽も、楚々としていて、シンプルながらも暖かみのあるものが多い、独特のサウンドです。そんな音楽を届けるアーティスト、マリヤ・モッテンソンとフローデ・フェルハイムが来日するという話を伺い、コンサートの冒頭に僅かですが参加させていただくことになりました。マリヤとフローデのノルウェーサウンドを聴きに、是非お運びくださいますようご案内いたします。私も、私なりのノルウェーサウンドを届けられますよう、準備したいと思っております。 <静寂の音 -Quietness-> ヨイク・ナイト Joik Night  静寂 と 音楽、相反することば。 「日本は音に溢れているね」 深い森や大草原で生まれ育った、演奏家たちの言葉がずっと心に残っていた。 日本で、森が自然好き! であっても彼らの知る 森や草原の静寂とは全く別ものだと思う。 人と会うことすら少ない環境で生まれた音楽。 届ける対象は、周りの木々や湖、そして自分自身であった。 都会に居ながら、彼らが生まれ育った音楽に身を寄せてみたい。 そんな想いを届ける 「静寂の音 -Quietness-」 シリーズ 大阪 [能楽堂] 公演 日にち 2018年11月30日(金) 時間 Open 18:30 / Start 19:00 会場 山本能楽堂 大阪市中央区徳井町1丁目3-6 出演 マリヤ・モッテンソン (ヨイク) フローデ・フェルハイム (ヨイク/シンセサイザー) [オープニングアクト] 樫原 聡子 (ハーディングフェーレ) 料金 全席自由 【一般】前売 4,000円 / 当日 4,500円 【学生】前売 2,000円 …

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秋に向かって

さて、私のこの度のトロールハウゲンでの仕事は9月末で一旦終了することにしました。ベルゲンの観光シーズンは9月ごろでひと段落します。それに合わせて、トロールハウゲンの方でも開館時間をオフシーズンは短くしたり、プログラムをノルウェー人向け、子供向けのものに変えていったりするようです。また来年仕事できることを願って、私の方は一旦終了です。 この夏は、日本から、トロールハウゲンに観光に来られる色んな方にお会いしました。特に、音楽家の方や音楽に興味のある方と話をさせていただくのは楽しかったです。お話をさせていただく中で、音楽以外にも、ノルウェーってこうですよねーとかいう話を逆に聞かせてもらうのも楽しかったのですが、ノルウェー旅行記をご自身のブログに書かれた方がいらっしゃって、トロールハウゲンのことも書いてくださったので、ここにもご紹介します。 グリーグはピアノ小品が多いですが、当時、サロン音楽全盛期としては楽譜が大変よく売れたそうです。技術的に難解でない曲が多いので、現在でもピアノ教室などでも教材として取り上げられる事があったり、と、意外に一般家庭に浸透しているとも言われています。実際、外国からピアノの先生が自分の生徒にグリーグのことを話して聞かせたいといってトロールハウゲンまで来られたりするケースが何件もありました。そんなグリーグだからこそ、トロールハウゲンで働く事は、「点と点を繋ぐような事」というのはシーズンを始める前に言われたことでもあります。ノルウェーの民族音楽が、ノルウェーでもあまり認知されていなかった時代に、ノルウェーサウンドを外国にまで運んだグリーグの業績を今更のようにすごいと考えざるを得ない経験でした。

Griegづくし

前回書いた通り、今年はトロールハウゲンでお仕事させてもらっています。そしてプライベートでもグリーグ。グリーグの楽譜を広げて曲をさらっています。 というのも、今週日曜日の8月19日、また恒例の「My Favorite」でデモンストレーション付きレクチャーがあり、その準備をしているからです。今回もOp.72を取り上げます。どの曲にするかはお楽しみです。 偶然、トロールハウゲンで検索してこのページにたどり着き、さらに偶然、今週末ノルウェーはベルゲンまで旅行に来られるというアナタ!8月19日14:15からトロールハウゲンのオーディオルームでお待ちしています🎶 毎年8月になると恒例のベルゲンフィルによるシーズンオープニングの無料コンサートでもグリーグから始まりました。常任指揮のエドワード・ガートナーは6月のGrieg Minutt for Minuttで「グリーグは、世界レベルではほとんど無視されていると言っても過言ではないほど演奏されないが、ここノルウェーではやや弾かれすぎの傾向がある」という絶妙のコメントを残しましたが、グリーグの作品の3分の2はピアノ曲だそうです。19世紀に流行した家庭サロン音楽の典型ともいわれます。因みにこの日のピアノは、グリーグのピアノコンチェルト、ではなく、ブリテンのピアノコンチェルトでした。(ピアニストはライフ・オヴェ・アンスネスですが、演奏中の撮影ではないので写っていません。悪しからず。)

円を描くように Like drawing a circle

  今年の夏は作曲家グリーグの家トロールハウゲンで仕事をしています。以前にも書きましたが、グリーグはノルウェーの民謡のメロディーを自身の作品に使っています。晩年の作品Op.72ではKnut Dahleのレパートリーがピアノ曲になりました。 私はハーディングフェーレを始める前からグリーグのOp.72について調べていました。これまで何度もそこからのレパートリーを演奏する機会があったにも関わらず、私は案外、グリーグのことを知りませんでした。少しづつ、グリーグと民俗音楽家との関わり、どんなレパートリーを使ったのか、また、その素材となっている曲の”現在”などを調べ始めるととても面白く、まだまだ興味はつきません。それに加えて、グリーグのハーモニーの付け方は、全く古臭くなく洒落ていて、改めてグリーグを聞き直し、見直す機会となりました。 というわけで、何年も経ってからまたグリーグに立ち返っています。5月から9月の毎日、トロールハウゲンではピアノコンサートを行なっています。昨日のピアニストは、グリーグのライフワークとも言える叙情小品集の最初の作品アリエッタ(op.12)と最後の作品、余韻(op.71)を取り上げ「まるで円を描くように仕上げた」と紹介しました。(グリーグは34年かけて、10集66曲に及ぶピアノ小曲集「叙情小品集」を発表した)34年の年月を経て、最初と最後に同じモチーフを扱いながら、別の趣の2曲を作曲したのです。私もまた円を描くように、以前と同じ作品を別の知識と観点で見直して行きたいと思います。 明日はトロールハウゲンのスペシャルセッション「My Favorite」でクヌート・ダーレKnut Dahleについて語ります。面白いのは、急ぎ足の観光客もいれば、のんびりと時間を過ごして行かれる人もいることです。話好きの各国語ガイドが夏のシーズン中は常時待機しています。ベルゲンにお越しの際には、ぜひ、トロールハウゲンに足を伸ばしてください。 I'm working at Troldhaugen, the home for Edvard and Nina Grieg, in this summer. I have been interested in Grieg's op.72 slåtter, even before I started playing the hardingfele by myself. But I think, I was not so keen to learn about Edvard Grieg's life and music …

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Grieg minutt for minutt

先日の6月15日、私の住むベルゲンでは大変有名な作曲家、エドヴァルド・グリーグの175回目の誕生日を祝うイベントが開かれました。毎年、グリーグの家、トロールハウゲンでは6月15日を祝うのですが、今年は一大イベントとして、彼の作品番号のついて発表された全作品を30時間かけて演奏するという企画を国営放送のNRKと協力して敢行したのです。その名もGrieg minutt for minutt 。Minutt for Mimutt(分刻み)というドキュメンタリー番組のシリーズは実はNRKでは人気のあるシリーズの一つで、例えばベルゲン鉄道をオスローベルゲン間、先頭車両にテレビカメラを積んで7-8時間、景色を映し続ける、というようなことをやっているシリーズです。 さて、Grieg minutt for minuttでは6月15日の夕方5時半からノンストップでコンサートを中継しました。(もちろん公開録画です)会場になったのはトロールハウゲンのコンサートホール、グリーグが実際に住んでいた家の居間、ベルゲン中心地のグリーグホール、国営放送NRKのオスロのスタジオ、その他、合間にはノルウェー、世界各地からお祝いのメッセージを伝えるというものでした。私もベルゲンに住む者として、このイベントに一部参加させてもらえる機会を得て光栄でした。 30時間の様子は今でもインターネット上で見ることができます。少し編集されて、作品番号ごとに整理されているので見やすいかと思いますので興味のある方はどうぞ。 https://tv.nrk.no/serie/grieg-minutt-for-minutt グリーグはノルウェーの民俗音楽から影響を受けた作品をたくさん残したということが知られています。もちろん、彼のインスピレーションの源となったのは豊かな大自然とか、ドイツ風クラシックの伝統というものもありますが、実際に仲間内と出かけた田舎で出会った少女から習った曲だとか、お気に入りのハーディングフェーレプレーヤーとの交友録みたいなものがあったりもします。実際にハーディングフェーレの曲は作曲しなかったものの、そういった経験から、ノルウェー民俗音楽からのエッセンスが満載の作品が残されています。晩年の大作には、Knut Dahleのレパートリーをピアノ曲に仕立てたOp.72 Slåtterがあります。 このGrieg minutt for minuttシリーズではハーディングフェーレが2回登場しました。一度目は有名なペールギュントOp.23、そしてOp.72 slåtterです。演奏を担当したのはHåkon HøgemoとNils Økland。2人とも私の大尊敬するプレーヤーです。 後になって落ち着いて映像を見直して、その演出の面白さを改めて感じています。特に、Op.72の方では、演奏者はシンプルな服装でありながら、聴衆にはなんと80人を超える民族衣装を着た人たち。実はNRKとトロールハウゲンは協力して、この作品の録画に衣装を着て参加してくれる市民を募ったのです。この作品がいかに、「国民的」なものの象徴であるか、そしてグリーグが、その作品を「名もない」民衆の音楽から題材を得て作ったというコンセプトを象徴するような演出だったと思います。あ、ちなみに念のため書いておくと、Op.72の演奏を担当したEinar Steen Nøkleberg (ピアノ)とNils Økland(ハーディングフェーレ)はどちらも大変著名な方で、私が言っているのは「演出が」という意味です。その観点でいうと、Knut Dahle自身もテレマルクの伝統音楽においては決して「名もない」存在ではなかったのですから。(グリーグが1903年に発表したOp.72の前書きにはKnut Dahle のレパートリーから取られたとは書かれず、ただ「テレマルクの年老いた奏者」とだとだけ書かれています。) It was hornour to be able to be at Edvards Grieg's 175 yrears old birthday event "Grieg minutt for minutt". "Grieg minutt for minutt" …

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