ランゲレイク Langeleik

2019年7月のノルウェー旅行中の記事です。

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ノルウェーの民俗楽器の中に、ランゲレイクという楽器があります。中世期から弾かれていたとされる長い歴史をもつ楽器ですが、ハーディングフェーレほど歴史の詳細が明らかになってはいません。150年ほど前には、ノルウェーの村々、特にヴァルドレス地方では一般的に弾かれていた楽器で、現在でも多くの奏者がこの地方の出身です。音の芯がはっきりして力強いフェーレやハーディングフェーレに対し、繊細な音色がまさに癒しの音楽。この夏、ランゲレイクの歴史的な楽器を用い、ダンス演劇とコラボレーションした舞台作品がヴァルドレスで上演されました。それに関連して、ヴァルドレス地方の歴史上のランゲレイク奏者ゆかりの地を巡るセミナーが開かれたので参加してきました。

私はそもそもランゲレイクという楽器について、あまり詳しい知識は持っていないので、大雑把な説明にはなりますのでご了解ください。楽器はメロディー弦1本に対して7本前後のドローン弦が張られています。メロディー弦の部分にのみブリッジが敷かれ、スケールを弾くことができます。このブリッジは、日本の筝の琴柱のように可動式のものではなく、楽器に据え付けられていて動かすことができません。ランゲレイクは1860年前後に楽器の「近代化」がなされたと言われていますが、弦の数や張り方に加えて、このメロディー弦のスケール(および音律)が変わったことがわかっています。このことは、ノルウェーの民俗音楽における音律論でも取り上げられています。

19世紀の初期の民謡収集家として知られるリンデマンは度々ヴァルドレス地方を訪れ、ランゲレイクのメロディを採譜しました。のちに、エドヴァルド・グリーグはその採譜をもとにピアノ小品を作曲していますが、当時はそのような音律の記譜も不可能であり、当然ピアノでその音律を再現することも不可能であったため、当時のランゲレイクの演奏からは違うものになっているということも度々指摘されます。

このセミナーでは、実際に「モダン音律」に作られているランゲレイクと、「古い音律」に作られているランゲレイクを弾き比べてもらいました。ハーディングフェーレと同じく、古い楽器はあまり多くは残っていませんので、現在残されているたった数台の楽器から古の音色を感じました。ハーディングフェーレで古い音律の話を語る場合は、楽器の性質上、ある程度信憑性が欠けてしまいます。ハーディングフェーレは自分で調弦ができるからです。昔のプレーヤーがどういう音律で弾いていたのかは録音が残っていない限り、わからないことです。しかし、ランゲレイクは楽器作りの段階から音律が設定されていたわけですから、より確かな歴史的な証拠ということができます。現代に伝わっているハーディングフェーレでも弾かれる曲がこの古いランゲレイクで演奏されるのを聴いて、私の中での音律に付いての考えが少し変わっていきました。

リンデマン Ludvig M. Lindeman

ランゲレイクの古い時代のプレーヤーについてはあまり詳しいことがわかっていません。以前より断片的に聞いた歴史的なプレーヤーの話からは、女性が多かったことが印象に残っていました。当日の説明でも、女性が多く紹介されましたが、恐らくこのことが、ランゲレイクの歴史的なプレーヤーの史実にあまりアクセスできない理由ともなっているようです。ワークショップでの説明によると、ランゲレイクという楽器はハーディングフェーレやフェーレよりも身分の低い人達が弾いていたために、プレーヤーの生い立ちなどはっきりした情報を集めるのが難しいそうです。今でこそ女性の地位が高いことで知られる北欧諸国ですが、何百年も昔は村での女性の社会的地位は男性よりも低かったことでしょう。実際、ハーディングフェーレやフェーレは古くは男性が主に弾いていたということを考えると、それぞれの楽器の奏者の社会的地位の違いは実際のところあったのかもしれません。

クヌートとオーレ・オースタ・ブローテンは
現代のランゲレイク奏者の中でも最高のプレーヤー
アイヴィン・グローヴェンのハーディングフェーレソロの為の名作
「Sumarmorgon 夏の夜」をランゲレイクで。

近代になると、ランゲレイクにも有名な男性のプレーヤーが登場し、華々しい演奏で聴衆を魅了しました。20世紀初頭には、古いタイプのランゲレイクとは大きく異なり、音を大きくするために複弦を使った楽器を演奏するプレーヤーが出ましたが、一般的には調弦と演奏の難しさから普及はしなかったそうです。

この夏、ポ・ピンテ På Pynteというタイトルのランゲレイクをモチーフとした舞台作品がノルウェーで製作されました。ベーリット・ピンテBerit på Pynten (ピンテのベーリット 1812-99)は19世紀に活躍した女性ランゲレイク奏者です。舞台ではランゲレイク、民俗音楽、ダンスについての思いを語り踊る2人の男女の周辺で4台のランゲレイクが独奏と合奏で伝統曲を綴ります。時々映像に現れるのは 「Dansedokke 踊る人形」と呼ばれるもので、実はそれぞれのプレーヤーの目の前に置いてあるものをカメラで拡大したもの。150年ほど前に活躍したベーリット・ピンテですが、音楽を聞かせる際に、実際のダンスを見せる代わりにこういった人形を糸で繋がれたペダルを操作することで演奏中に操って見せていたことが知られています。舞台の中心で語り、踊る男女はこの人形たちを表しているのかもしれません。

ベーリット・ピンテ
オドルン・ヘッゲによるランゲレイクとdansedokke踊る人形

フローデ・フェルハイム Frode Fjellheim再来日と公演

11月22日に「アナと雪の女王2」が公開となりました。私はまだ見に行けていませんが、アナ雪大好きの姪っ子と行けたら良いなあと思っています。

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ディズニー版の映画のオープニング曲を作曲したフローデ・フェルハイムが、その曲を演奏した合唱団とノルウェーの角笛を吹くヒルデグン・オイセットHildegunn Øisethと共に来日し、今週各地で公演します。

https://www.harmony-fields.com/a-cantus/index.html

昨年は静寂の音シリーズで私も一部参加させて頂きお世話になったフローデ・フェルハイムとマリヤ・モッテンソンですが今回はまた違ったセッティングでの公演となります。

10月ごろハーモニーフィールズさんより連絡があり、今度来日の合唱団のメンバーの名前のフリガナを作って欲しいと依頼されてから長らく楽しみにしていた来日公演。私も30日の兵庫公演を客席から聞くのを楽しみにしています。皆さまも是非お運びください!

フローデとヒルデグンはその後、東京、奈良、大阪でも公演します。是非日程をご確認ください!

8月29日 守山市民会館ロビーコンサート

大型台風が近畿地方から抜け、少しは夏の終わりを感じられるようになったでしょうか。

8月29日(木)14:00から滋賀県守山市市民会館ロビーにて1時間ほどのロビーコンサートで演奏します。共演は前回と同じくピアノの榊原明子さん。「夏に聴く北欧ノルウェーの音楽」と題し、お話を交えながらのコンサートです。お近くの方、入場無料ですので是非お運び下さい。また、開演前にノルウェーで撮りためた写真の一部をスライドにして上映致します。ノルウェーに行ったことのある方は思い出を辿って、行ったことのない方も想像を膨らませて楽しんでいただければと思います。

オスロ旅行

トロールハウゲンの事を先に書きましたが、実は先週はオスロにも行ってきました。私はずっとお世話になっている先生がオスロにいるのですが、ランズカップレイクの演奏についてのコメントと少しレッスンもして頂きました。忙しい方で、オスロでレッスンをしてもらえるのは数年振り。すっかり嬉しくなってしまいました!今回のランズカップレイクは半年間ノルウェーにいなかったこともあり不安もありましたが、そのその割にはいつもほどガッチリ準備しなかったことが功を奏して自由に弾けたこと、楽器の響が良くなったことなど話しながら、ここ数年に新しく勉強した曲を弾き、さらに新しい曲を教わりました。楽譜を使って曲を勉強することについても自分の経験も含めて話しましたが、やはり難しいねということで一致しました。耳で聴いて覚えることに慣れている人にとっては楽譜から音楽を「聴く」ことが難しく、時間がかかってしまうことに加え、楽譜から学んだ曲はそれを暗記するのが難しく、余計に時間がかかる印象も持っています。そういえば、以前に音楽家と脳のことを書いた本(ひょっとしたら複数のものが混ざった情報かもしれませんが)を読んだのですが、クラシックの卓越した演奏家は楽譜から音を非常にリアルにイメージできるとか。また、そういう技術も楽器を弾かずとも練習できる為の技だと読んだことがあります。私のやっている音楽ジャンルでは楽譜を使う訓練は殆どありませんので、楽譜から音楽を紡ぎ出すことに困難を感じる人が多いのはそのせいもあるかと思います。その代わり、耳で聴いて覚える能力は卓越していると驚かされることは多いです。特に子供の頃から耳で聴いて覚える形で音楽を習得してきた子達は3-4回くらい聴いたら曲が弾けるようになってしまいます。口承伝統の強い音楽ジャンルなので、やはり耳で聴いて曲を習うという文化に則ったレッスンが良いと思いました。ともあれ、私は今週の別のカップレイクにも出るように奨められ、オスロから帰ってきた今必死で準備をしています(汗)

さて、レッスンのあとは久しぶりのオスロ観光。

西ノルウェーの海沿いの街ベルゲンは夏も気温が上がらないのですが、東に位置するオスロは内陸性の気候で夏はカラッと爽やかで気温も上がります。全人口の80%はオスロに住んでいると言われるほど人口は密集していて、夏のこの時期は観光客も多く賑わっています。

短いオスロ滞在の1日目は雨風晴れの入り乱れた天候でしたが、2日目は快晴に恵まれ久々にビュグドイ地区Bygdøyで博物館を3つハシゴしました。この地区は博物館が密集していて、どれもとても見応えのあるものばかりです。中でもバイキング船博物館はお気に入りで、シンプルながら美しいバイキング船を惚れ惚れと眺めるばかりですが、以前に行ったので今回はパスしました。

一つ目に行ったのはノルウェー民俗博物館Norsk Folkemuseumです。私は大学でノルウェー伝統文化を専攻しましたので見慣れたものも多いのですが、案外、音楽以外は解説など見たことがなくあまり知らなかったりしますのでこういう機会にインプット。ミュージアムはいつも知的好奇心を刺激する大好きな場所です。今回は45分の英語のガイドツアーにも参加しました(無料)。

衣装を着たガイドが3つの建物を案内してくれます。まずは17世紀の別々の地域に残っていた建物を2棟回りました。1つ目はセーテスダールSetesdal地方の建物でオーレストゥーアÅrestuaと呼ばれているものです。(写真上段)床は土のまま、窓もなく、中央に調理スペースがあり、その真上に通気孔として開かれた屋根があるという構造です。あまり広くないベッド (クヴィーレKvile) は恐らく2人以上が使用していたとか。当時は全員が室内で眠るということはなく、通常は家畜小屋や外で眠っていたようです。寒かっただろうなと思います。こういった生活スタイルが、周辺地域から険しい渓谷によって閉ざされた農村部では長く続いたようです。また、写真上段の右に、調理スペースの上に取り付けられた棒(Gjøyaイェイヤ)が見えます。これは馬を模っていて、この地方の結婚式の儀式ではこの棒にナイフを投げつけて上手く突き刺さったら縁起が良いと信じられていたとか。

一方で2軒目の建物はヌーメダールNumedal地方の同じく17世紀から残る建物です。1軒目とは一転して、外部の街との交流が盛んで、17世紀には銀山が発見された (コングスバルグ銀山 Kongsberg) ことでも知られる豊かな土地に建っていたものです。この建物は特にお金持ちの家だったようです。床には板が貼られ、暖炉や煙突もあり、窓ガラスまで入れられています。窓ガラスは当時大変高価で、関税も高かった為、滅多に入れることができなかったそうです。場所は違いますが、テレマルクのシーエンSkienの街でもベルゲンBergenでも、19世紀くらいの建物で、建物のデザイン上窓が欲しいところは、壁にペンキで窓の絵を描いただけで実際の窓の数を抑え、経費を節約したという建物がいくつもあります。また、そういえば「鏡」もガラスですからこれまた19世紀くらいのお金持ちの建物には室内にたくさんの鏡を配して富の象徴としていた例もいくつも見たことがあります。脱線しましたが、もう一つのお金持ちの持ち物として「アイロン」がありました。但し、木製ですが。織物類にアイロンをかけるのが婦女子の嗜みで、お祝い事に織物を頂くと、いかに綺麗にアイロンをかけられるかを競っていたとかいないとか。

そしてこのツアーのハイライト、スターブ教会です。これは、ゴールGolに元々12世紀から建てられていたものを移設したものですがおよそ3分の1ほどのみがオリジナルで、それ以外は1880年代に移設された際に(特にBorgundのスターブ教会を手本にして)手が加わっているとのことです。多くのスターブ教会がそうなのですが、そもそもこれらの教会が建てられた時のノルウェーはカトリックでした。1537年にプロテスタントのルター派へと改宗され、それに伴ってインテリアが変わっています。一番の変化は教会内のベンチなのですが、カトリック時代にはなかったベンチが時代が変わってどの教会でも設置されました。そして、この教会は展示するに当たって、オリジナルの状態に戻す為、ベンチがまた取り払われています。壁絵もまた何度も上から描き直されることの多い部分です。所々、古い時代のよりシンプルな図柄が見えているところがあり、面白かったです。

スターブ教会というのはその構造を指しているのですが、スターブ(柱)を基盤として建てられている(ログハウスのような構造とは違って縦に材木を配している)ということです。また屋根の構造は古い造船の技術が活かされています。材木はパイル(松)です。あのビートルズもNorwegian Woodで歌ったように(?)ノルウェーの建物と船といえば中世から松材なのです。

敷地内では毎時30分から15分程度の音楽とダンスのデモンストレーションもあります。面白いのでオススメです。

そして、いつか行きたいと思っていたコンチキ号博物館にやっと行ってきました。

トール・ヘイエルダールのポリネシア文化は南米大陸に起源を持つに違いないという人類学的学説を証明する為に自ら筏で太平洋を渡ったコンチキ号の冒険は有名ですが、今回博物館に行くまでこんなに何度も冒険に出ていたとは知りませんでした。パピルスで造られたラーII号でモロッコからバルバドスへ航海へ出た際には日本人のカメラマンが同行していたそうです。

(参考:トール・ヘイエルダールwikipedia

そして最後は極地探検船、フラム号博物館です。この博物館には北極、南極探検に造船されたフラムFram号、とヨーアGjøa号。フラムというのはノルウェー語で「前進する」(英語のForward)という意味で、格好良い名前を付けたもんだなぁと思います。当時、未踏の地であった北極、南極探検では3年や4年もの月日を費やし動植物の採集をしたり、北極付近ではイヌイットと交流し越冬の知恵を学んだりという記録が所狭しと展示されています。極地探検のリーダーになった3名(フリチョフ・ナンセン、オットー・スヴェードルップ、ロアル・アムンゼン)の人生にもクローズアップしています。

コンチキ号博物館、フラム博物館共に、未知の世界に乗り出したノルウェー人たちの意思の強さと成し遂げる気迫に感動し、やっと訪れた夏日を謳歌したオスロ滞在でした。

トロールハウゲン再訪 Troldhaugen

作曲家エドヴァルド・グリーグ(1843-1907)の家トロールハウゲンでは5月から10月頃まで毎日、グリーグ作品のピアノコンサートを開催しています。(注:グリーグの作品はほとんどがピアノ曲です)私は昨年の夏はトロールハウゲンのガイドとして仕事をしていましたので、今年もいつか訪れようと思っていました。今週は、昨年グリーグピアノコンペティションで優勝した日本人ピアニスト、高木竜馬さんのリサイタルが連日開かれていましたので、聴きに行ってきました。

200席あまりの室内楽に最適の小ホールが満席となり、この日は人気の為、さらに追加のコンサートが予定されていました、プログラムも、このコンサートシリーズではよく登場する曲ばかりでしたが、新鮮な解釈と確かなテクニックで観客を魅了し、終演時はスタンディングオベーション!このホールでは良いコンサートが度々ありますが、こんなに熱く観客に受け入れられたピアニストは滅多にいないのでは?と思いました。トロールハウゲンスタッフからの評判もとても高かったです。

このトロールハウゲンの夏のランチコンサートシリーズはいつも聞き応えがあります。それは、出演ピアニストの演奏技術の高さのみならず、多くのピアニストが趣向を凝らして、グリーグの描いた世界を話して聞かせる所にあります。グリーグの芸術家人生を語るレクチャーコンサートとも言えます。物価の高いノルウェーですが、音楽好きの方にとっても価値のあるお値打ちコンサートだなといつも思います。(因みにコンサートと博物館入場料が180NOK=2265円、街からのガイド付きバスツアーが290NOK=3650円)

このシリーズに出演するピアニストの精神的・体力的なタフさにもいつも驚かされていました。夏の半年間、ベルゲンには欧米の港からの数々のクルーズ船が到着し、街は観光客で賑わいますが、そのクルーズ船からの観光客の訪れる人気スポットの一つがトロールハウゲンです。クルーズ船が複数到着する日は、ピアニストは1日に5回も6回も演奏しますし、船のスケジュールによっては、ステージ間の休憩が十分に取れないこともしばしばです。それでもプロとして同じクオリティを提供するのを何度も見てきました。

昨日は、ベルゲンに来てから初めての夏日。気持ちの良い1日を街の郊外で満喫しました。これからベルゲンに旅行に行く音楽好きの方、トロールハウゲンは絶対オススメです。

http://griegmuseum.no/en

ベルゲンへ旅行する人へ vol.2

今日は、ベルゲンの夏の気候と旅行時の持ち物について書きます。

夏の北欧といえば、爽やかに晴れたお天気を想像する人も多いかもしれませんが、ベルゲンはほぼ毎日雨が振ります。というのも、ベルゲンが面している北海には北大西洋海流という暖流が流れていて、海流によって運ばれてくる温かい風がノルウェーの山肌に当たり、街に雨が降るからです。特に夏7-8月がよく雨が振り、そのせいであまり気温も上がりません。

逆にお天気の良い季節はいつかというと、経験では4-5月ごろと9-10月頃です。ではその頃の旅行が最適かというとそれも断言はできません。というのも、美術館や博物館などの観光客を集める施設は夏の間開館時間を長くしてガイドツアーなども積極的に行いますが、9月が終わる頃にはそういったサービスもなくなる為、案外寂しい旅行になってしまう可能性があるからです。

もう一つの北欧の夏の特徴は夜が長い白夜です。ベルゲンの場合は日は沈むのですが、北極圏など北ノルウェーの方ではミッドナイトサンといって一日中陽が沈まない日が続くのです。一番一年の中で日が長いのが6月の夏至の頃です。ノルウェーでは各地で焚き火を焚いてお祝いします。夏至が過ぎても夜は長く、夜は12時近くまで薄明るく、朝は4時頃から徐々に明るくなってきます。

Astrup
NIkolai Asprup

そんな夏のベルゲンですが、気温の方は10度から20度くらいを想定し、北欧諸国の他の都市よりも暖か目の服装を準備した方が良いです。私は毎年、薄手のダウンジャケットが手放せませんし、今年も毎日のように着ています。薄手のウールのセーターやフリースのシャツもとても役に立ちます。20度近くになると涼しめの夏の服装で良いのですが、残念ながら冷夏の今年は10度近辺(下回る日もよくあります)を推移していますので、かなり寒いです。かといって毎年そうかというとそういう訳でもなく、例えば昨年は稀に見る猛暑で30度を超える日が続きました。ノルウェーの家庭にはクーラーがない所も多く、家の中がサウナのようになり寝苦しい夜を数えたことも。

暖かい服装に加えて必需品といえば雨具です。カバンに余裕があればレインコートも欲しい所ですが傘は必需品です。ただ雨が降るだけでなく、海に面しているのでかなり風もきつく、折りたたみの傘は値段に関わらず壊れることもしばしばですので、出来るだけ安物を選びましょう。壊れたら傘は売っています。こんな気候ですので、西ノルウェーに来てからはサンダルというものを買ったことが1度しかありません。(売ってはいるのですが)むしろ、雨靴があると良いくらいです。スニーカーにも防水スプレーを忘れずに。

といっても、夏の雨は降ってもすぐに止んで太陽が見えることもしばしばで、傘とサングラスを交互に使ったりすることも。

この夏の北欧・ベルゲン旅行のご準備の助けになれば幸いです。

ベルゲンへ旅行する人へ vol.1

私は、西ノルウェーのベルゲンという街に3年程住んでいました。それで今年もベルゲンに来ている訳ですが、あまり街のことについて書いていないので、少しベルゲンの見所について書いてみたいと思います。

まず、1979年より世界遺産にも指定されているブリッゲンBryggen地区について見ていきます。

ブリッゲンとフロイエン山

ブリッゲンというのは「埠頭」という意味で、実はノルウェーの色んな場所に「ブリッゲン」と名付けられた地区が見受けられます。その名の通り、古くから船着場として利用されていた場所で、荷下ろしをする為に建てられていた木造の小屋が今にも残る建物群の始まりとなっています。こういった小屋は1150年頃にはすでに建てられていたと考えられていて、主に北ノルウェーから運ばれてくる干し鱈を下ろしていました。当時、既に干し鱈の交易が始まっていて、元々はイングランドへと運ばれ売られていった干し鱈ですが、交易の仲介をしていたのがドイツ人商人でした。ノルウェーは寒い気候の為穀物類が不足しがちで、魚を輸出し穀物を輸入する交易が12世紀から始まっていたのです。

現在では「ハンザ同盟の海外拠点」として知られるベルゲンのブリッゲン地区ですが、ハンザ商人たちが貿易事務所を構えるようになったのは1360年以降の事です。それから1754年に至るまでこの地区はドイツ人商人の貿易事務所兼居住区として使われていました。

アンチークってなんだ
アンチークってなんだ

ブリッゲンを見るとき、見所としては①建物と地区の構造 ②ハンザ商人の暮らしぶりやハンザ同盟時代のベルゲン ③地区の歴史的変遷、など面白い観点がいくつもあるのですが、この建物群を挟むように2つの博物館:ハンザ博物館とブリッゲン博物館があり、②と③の観点は網羅しています。(注:ハンザ博物館は建物修復の為、今年から6年間閉鎖となっています。代わりに有料のガイドツアー(日本語はナシ)があり、実際に地区を回りながら見せてくれるようになっています)因みにハンザ博物館の展示内容は1700年代のハンザ商人の暮らし、ブリッゲン博物館の展示内容は1300年代のブリッゲン地区です。

というわけで、①建物と地区の構造をここでは見ていこうと思います。

その前に、面白いトリビアとして、ブリッゲン地区の海岸線はそもそも今よりも140mも内側にあったというのを忘れてはいけません。つまり、今建っている建物は埋立地になっているのです。そのせいで、建物は地盤沈下を起こし、傾いてきたりしている部分もあります。この為に、地区のあちこちで常に修復作業が行われているのです。勿論世界遺産ですから、あくまでも伝統的な工法を用い、材料も年代の合うものを使っているそうです。

ブリッゲン地区を俯瞰してみると、いくつもの長い建物が連なっているのがわかります。この長い建物郡が特徴の一つで、1棟にはいくつもの貿易事務所が軒を連ねていたそうです。この建物群は倉庫として、貿易事務所として、また従業員の居住区として機能していました。大抵、重い干し鱈などは1階の倉庫へ入れられ、2階・3階部分は事務所と住居として使用されていたのです。一つの棟はゴートと呼ばれ、それぞれ名前が付けられていました。

建物をクローズアップして見た模型です。それぞれの棟には滑車がいくつも取り付けられていて、重い荷物は滑車を使って2・3階へと運ばれました。

ブリッゲン地区は、木造の建物が密集している為、よく火事が起こるという理由で、住居部分を含む棟では火の使用が禁止されていました。食事・暖房・灯など火が必要な場面は多かったにも関わらず。温かい食事を作る場所は別棟で建てられ、集会場を兼ねた建物は「シェートステューエネ」として現在も公開されています。

ブリッゲン地区内は、古い建物を利用したカフェや土産物屋がいっぱい。是非楽しみながら散策して欲しい場所です。

最後に、1350年頃のベルゲンの街の様子を歴史的資料を元にCGで再現した映像をアップしておきます。歴史を知るってなんてロマンなんでしょう!