12/13 ハーディングフェーレの響き ヴィオラ・ダ・ガンバ編

久しぶりに「ハーディングフェーレの響き Klangen av hardingfele」を開催することになりました。今回は初挑戦、ヴィオラ・ダ・ガンバとの共演です。

ハーディングフェーレとヴィオラ・ダ・ガンバが一緒に演奏することは滅多にありませんが、同じガット弦を用いる楽器で音色の広がりが素晴らしく、是非多くの方に聞いていただきたいです。

ちょうど今、18世紀のノルウェーの音楽事情について調べているのですが、記録の中にも1700年代前半にかけてノルウェーにヴィオラ・ダ・ガンバが伝わっていたことが残されています。この時代、ノルウェーはデンマークの統治下にあり、現代よりも階級差が大きくはっきりとしていました。公の場で演奏できたのは国王に任命された限られた音楽家だけで、なんとその数ノルウェー全土で10名程度しかいなかったのです。この10名の任命音楽家はほとんどが外国からの移住者で、国の祝祭日のための公式行事から村の結婚式に至るまで管轄地域のすべての演奏を取り仕切っていました。また、音楽教師としても活躍していたと思われ、中にはノルウェーで初めての音楽教則本を書かれた記録も残っています。

これらの任命音楽家は上流階級に位置していましたが、上流階級の人たちの社交の場ではダンスが好まれました。これらのダンス曲のレパートリーは手書きの「音楽帳」として残っていることがあります。音楽帳を書いた人物は必ずしも身元がわかっているわけではありませんが、なんらかの音楽をやっていた人、です。この場合、生徒だったり先生だったり、任命音楽家と直接関わりのあった別の音楽家だったりします。この音楽帳の中には、例えば「メヌエット」が大量に書かれていたり、「マーチ」は「マーチー」、イギリスから伝わったと思われる「エンゲルスクダンス」や、ポーランド起源と思われる「ポール」や「サラス」といった名前で呼ばれたダンス曲の数々が収録されています。

さて、これらがハーディングフェーレの音楽とどう関係してくるのか?それは限りなくミステリーではあるのですが、演奏家でもあり研究者でもあるオーノン・エーゲランは、これらのレパートリーの中にはのちにハーディングフェーレの曲に発展したものがある、と述べています。

12月のコンサートでは、そんな音楽帳に書き込まれている曲をピックアップし、ヴィオラ・ダ・ガンバと共に演奏します。これらの曲は、当時はーディングフェーレで弾かれていた可能性は限りなく低いものですが、そこはファンタジーとして当日はハーディングフェーレでも弾く予定です。

また、当時ノルウェーで弾かれていたと思われるヴィオラ・ダ・ガンバの曲も登場するかも?!楽しみにしていてください。

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