提出後…. About this summer

この5月に修士論文を提出し、6月に試験を受けるまで、毎日とても気の張った生活をしていました。修士のプロジェクトなんて、自分の好きなことを好きなようにできる夢のような時間だと皆思うとは思いますが(そして、それもまた真実ですが)、(多少大げさですが)血を吐くような気分を何度も味わいながら書いた部分もあります。せっかく本場に来て、「これはこういうことなんでしょうか、それとも違うんでしょうか」みたいな質問をしたくても、まともな答えも得られず、(もしくはキレられ)自分でなんとか答えを出さざるを得ない部分が大部分で、何度呪いの言葉を吐いたことでしょうか。(失礼!)最終的には、愚痴をこぼすことにも疲れ、自分の勘を頼りに、きになる部分を潰していった感じでした。試験の日まで、何度悪夢に苛まれて夜中に目を覚ましたか!
ところが、試験が終わり、夏休みに入って、古い曲を見直したり新しい曲を見たりする段階で、今まで気がつかなかった、あるいは興味を持たなかったことに気がついたり、面白いと思えたりすることが増えたように思い、ようやく、悩みに悩んだことが無駄ではなかったのだ(あるいは、それもまた幻想かもしれないけれど)と思えるようになりました。
今年はランズカップレイク(伝統音楽の大会)が例年よりも遅く開催されたため、自分の曲を本格的に見始めたのが修士の試験が終わってからでしたが、曲の構造、バリエーション、音楽的な内容など、準備も楽しかったのです。
7月後半からはまた少しテーマを変えて、新しい曲を10曲ほど同時進行で見ています。これについても、以前とは違った見方ができて来たのも、一つ一つの素材をより詳しく(誰かからの答えを待つだけでなく!)見られるように訓練してもらったからです。
ハーディングフェーレをはじめてまもない頃は、伝統曲の多くの曲が似ているように聴こえ、(実際、お互いにとても似ているのですが)その一曲の中から面白い部分を抽出するのも容易ではありませんでした。ですが、いくつかの同じ曲を見たり聞いたりして思うことと言えば、いかに古いプレーヤーは自由に弾いていたかということです。
あるプレーヤーにはあったその「部分」が別の人にはなかったり、弾く順序が違っていたり、でもみーんな同じ曲と見なされている。そして、「その曲をあなたならどう弾きますか?」となった段階で、いろんなアプローチの仕方がある。。何れにしても、解釈には想像力/創造力が必要になるということ。時には新しい部分を付け加えたりしても良いのです。
伝統と創造、伝統曲と新しい曲とは相反するもののように思われがちですが、まさに表裏一体。創造性は伝統の中に生き、創造無くしては、伝統はただのコピーです。今となっては何度も聞き古されたような台詞ですが、今まさに、実態を持って感じられる今日この頃です。
I had a lot of stressful days until I finished the master’s exam in June. Many people may think that masters period should have been fantastic, because I was working with the things that I loved. Well, yes. Yet, it was stressful to write a thesis! I had to think and decided mostly alone, and it was not known if the answers I chose were right or not.
These days I gradually come to think that the days I straggled a lot were not meaningless. After the exam, I started to study the new tunes, and I definitely find much more elements that I think are interesting than before.
Through masters project I listened the tunes which were on the archives. Interesting enough, I felt that the old players often played more freely than players today. (Or probably only “more freely than me”? ) Often I could find very different versions of the same tunes played by the different players.
Then, “How do you / I play this tune?”
There are lot of ways to interpret one tune. And it is even not wrong to add a new melody if it suits well to the original tune. (though many players seldom do this.)
Creativity and tradition are not two different things in Norwegian traditional music. Creativity is living in the tradition. I gradually come to understand what this means.
(The picture is the waterfall in Rjukan “Rjukanfossen”.)
Rjukanfossen

 

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Google photo

You are commenting using your Google account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s